地方再生への一歩?

ふるさと納税の存在意義

そもそもふるさと納税と呼ばれるものは一体何を根幹として、設立されたのかという点は一番気になるところ。理由を紐解くこともなく、明白だろうという人もいると思うが理由を知ることと把握するのとでは、意味合いを見誤ってしまうものだ。いくらふるさと納税がいいものだから納付した方がいいと言われても、本来は振り込み義務というような強制力を持っていないものを振り込んだとしても、自分たちにどんな恩恵があるのかもわからない、実態の掴めないものへとお金を振り込むほど人は納得できるものではない。だからこそ知る必要があるのだ、知ってようやく自分でどうしてふるさと納税を納付しようとするのか、という立ち位置を確立していなければいくら生活に支障のないお金と言っても払うことに疑問を持ってしまう。それをさらに当人の意志とは関係なく、世間が良いものだからという一辺倒で推したとしても理由付けとしては何とも頼りないものだ。

どんなに理屈や善意で作られたものであっても、利用する当人たちがしっかりと納得と自覚をしているかいなかで本当にいいものの良さを理解することは出来ない。ふるさと納税とはこうした目的で作られたものだと知ることで、より納税してもそれに見合うだけの期待ができると感じられれば意識の持ち方はだいぶ違ってくる。

ふるさと納税はどこにするか

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柱となる3つの意義

ではふるさと納税と呼ばれるものの意義とはどんなものなのか、それは主に3つの柱によってこの税制は支えられている。具体的にいうと、

  • 1.納税者が何処の自治体に寄附するか選択し、そして使われ方を選択できる権利がある
  • 2.生まれ故郷以外の自治体にも寄付できるため、コレカラの発展を期待したい自治体を選べる
  • 3.寄付してもらうため、自治体ごとにアピールしていき、それに見合った扱いをしてもらうことでより寄付された税金のあり方を考えていく

こういった内容になっている。どれも大義名分としては十分にまかり通っているだろうと判断できるが、ふるさと納税ってこういうものなの、と知らなかった人はそう思うはず。事実、筆者もふるさと納税とはてっきり自分が生まれた故郷や育った故郷などに限定されて行うものだと考えていた。だが実際にはその内容は違っていたようだ。

ふるさと納税と呼ばれるものはどうしてこういう仕組みとなっているのか、奥へと突っ込んで話をしてみよう。

ふるさと納税を納付する人の選択

義務付けられてもいないものにどうして積極的に振り込もうとするのか、その論点に対する答えとして明確に出されているのは『納付者が寄付したい自治体を自由に選択でき、さらに寄付したお金をどのように使うのかも決められる』という点がやはり大きいだろう。行政サービスに市民が首を突っ込んで何かをどうするといったことは基本的に出来ない。お上が決めた事を与えられるがままに信用して、サービスを利用するにしても、それらが理不尽な要求であれば納得できなくても異論を訴える程度しか出来ない。

有り体に言えば自分たちが普段納めている税金が正しく、そして公的な使われた方がされているのかどうかといったら一番しっくり来るかもしれない。それこそここ1,2年で話題となっている議員の問題行動やありもしない政治活動で使用した費用をどのように使ったのか、などといった問題行動を起こしたという事件があった。その活動費が税金から支給されているとなれば、当然黙っていられるわけがない。そういう観点からしても、ふるさと納税の使い道を選べるというのは斬新というべきものなのかもしれない。

ふるさと納税はどこにするか

地方創世とはいうが

体裁を重んじればこうしたふるさと納税というべきものが地方のために改正され、地方の財源を少しでも良くしようとする動きを持ってして作られたものだというのは何となく理解できた。ただ応援するにしても本当にふるさと納税を利用している人がどれだけいるのか、というのも気になる点ではある。日本人といっても全国合わせれば大体1億2000万人以上が在住している国だとしても、実際にふるさと納税を適用する人は全国的におよそ『13万人』程度となっている。

昨年2014年と日本人口と比べればおよそ1/100程度の人々しかふるさと納税を利用していないという。またこの人数でどれくらいの寄附金が集まっているのかという点も気になるので調べてみると、この人数に対して金額はおよそ『1,400万円』という。多いか少ないかと考えると決して多くない、しかもこの数字は全国の自治体にそれぞれ分配されるため、寄付した人数が多いところがその分だけ多く獲得する仕組みとなっている。ここの部分が少しばかり不公平な気もしなくもないが、選ばれてしまっている以上は納得するしか無いだろう。